最近のAIの進化はめざましいですよね。
こんばんはsataです。
このタイトルでこのタイミングということで、つい先日話題になったAIサービス絡みの話でも書いてみようと思います。
念の為注記しておくと、私はAIの専門家でも著作権の専門家でもアーティストでもないただの一般サラリーマンです。
AIサービスの炎上に思うこと
つい2日ほど前に、「利用者がアップロードしたイラストの画風を学習して類似したイラストを生成するAIサービス」がリリースされました。
本日、イラストレーターさんの絵の特徴を学んでイラストを生成するAI サービス mimic(ミミック)をリリースいたしました!
— mimic(ミミック) (@illustmimic) August 29, 2022
2回までイラストメーカー(イラスト生成AI)を無料で作成できますので、ご自分のイラストを学習させたい方は是非ご利用ください!https://t.co/fhVVFJUhQM pic.twitter.com/ZGTq8zVVcA
リリース文面や利用規約などざっと読んでみたのですが、当初の私の感想は「利用価値よりも悪用の危険性の方が高そう」でした。
同様の危惧を覚えた方が多かったのと、嫌な炎上の仕方をしてしまったこともあり、翌8/30にはサービスの一時クローズが発表されています。
【mimicベータ版へのご意見に対する対応と回答、及び今後について】
— mimic(ミミック) (@illustmimic) August 30, 2022
この度mimicベータ版のリリースにあたり、多数のご意見を頂戴いたしました。
皆様のご意見に対する対応と回答、及び今後について説明させていただきます。ご一読くださいますようお願い申し上げます。 pic.twitter.com/J5TB1NPyda
炎上させた側の振る舞いも必ずしも正しいとは言えないものでしたので、それについては特にどちらの肩を持つこともないのですが、
そもそもリリース初日からここまでの騒動を招いてしまったのは理由があるような気がしています。
サービスリリースの際になんとなく感じたことを言語化してみます。
まず気になったのは、サービス自体に悪用を防止する仕組みが無い、というよりも性善説の上に成り立つサービス提供の形態であったことです。
勿論利用規約上は禁止事項として悪用は禁止されているのですが、まあそれで防げるなら世の中のサービスは苦労していないと思います。
著作権が侵害された画像をアップロードすること自体を技術的に検知して防ぐのは難しいでしょう。
であるならばその前段として、権利を持った人、もしくは特定組織に限定してサービスを提供すべきだったのではと思います。
TwitterではなくPixiv連携にすべきという意見も見かけましたが、これはPixivに作家の真正性を保証してもらうという意味で完全ではないですが多少… Twitterに比べて多少は効果があるように思います。
普段Pixivを利用していないのでPixivがどの程度著作権侵害に対処しているかは恥ずかしながら存じ上げないのですが、少なくともTwitterよりは作家に寄り添ったプラットフォームなのではないでしょうか。
そしてこのサービスの有用性よりも危険性の方が強く感じてしまうということで、本来顧客となるはずの作家… イラストレーターをAI敵視に向けてしまったことがこのサービス最大の失敗だったと考えています。
サービスの概要にあるように、本来このサービスはイラストレーターの作業負荷軽減や創作の刺激となることを期待して作られているようでしたが、
前述の通り、素人の私からみても「悪用される危険が高いサービス」として映ってしまいました。
サービスが悪用され自分の画風に似せたイラストが機械的に生産されることで、直接的な機会損失や不正に生成された画像に対する著作権対応による間接的な負担の増加など、実際に被害が発生するかは別として、サービスへの不信感がイラストレーターに対してサービスやAIへの敵視を産んでしまったように感じます。
結果として、何人かのイラストレーターが「AI学習禁止」を表明し、それに同調した一般の方々がサービスやサービスに関係のあったイラストレーターを攻撃する事態に発展したように思います。
勿論、敵対や攻撃に至る感情にはAIという未知のものに対する嫌悪感も含まれていたのではないでしょうか。
本来であれば顧客となるはずだったイラストレーターに対して、自分達のサービスが「如何に安全」で「如何に便利か」を訴求できていればもう少し状況は変わっていたのではないかと思うだけに、リリースから1日でのクローズは残念な結果と言わざるを得ません。
安全の部分と信頼感の醸成にコストを割かないまま、著作権なども絡む機微な領域に軽々しく踏み込んでしまったという印象です。
AIの進化と芸術
さて、件のサービスについては上述の通りマーケットへの理解や配慮が不足していたために起きたものだと認識していますが、一方でAIの進化は止まりません。
AIはその性質上0から1を作ることはできませんが、学習をもとに過去の記録を模倣することには長けています。
多くの分野で人間の生産物を代替することができるようになり、ほんの一握りの0から1を生み出す人間だけが作家として生き残ることができる世界もいずれ現実になるかもしれません。
イラストや文章は機械生成に、音声は合成音声に置き換わっていくということも充分考えられます。
ですがそうした、所謂工業製品が置き換える対象は芸術品ではなく消費物です。
現代では多くの芸術が娯楽としての消費物になってしまいましたが、そういった消費物は今後機械生産に変わっていくのかもしれません。
例えばナレーションやボイスアクターの全てが機械音声に置き換わるでしょうか。
恐らくそうではなく、日々消費されるものは機械音声に、人間が演じるという芸術性を求められるものは人間が、という棲み分けになっていくのではないかなと思っています。
反対に、機械が生み出す芸術作品というのも今後一つのジャンルとして確立していくのではないでしょうか。
人間とは異なる感性(?)、人間と異なる表現、人間と異なる合理性で作られたものがどのような形を取るのか観てみたい気もします。
NieR Automataのロミオとジュリエットのように、少し不気味な話が出来上がるかもしれないですね。
また、悲しい現実ですが作家として成功することができず、AIに仕事を奪われる層も少なからず発生すると思います。
それは芸の道が狭き門に戻るということなのですが、そういった意味ではコミックマーケットのような同人誌即売会が自身の作品を発表する場として続いていくのではないかなとも思っています。
それこそ機械生産されたものを消耗するだけになったディストピアにおける娯楽のブラックマーケットのように。
もしくは「機械が人間の利益を侵害しない」ように法律で制限するという考え方もあるでしょう。
ただ、産業革命で人間の仕事が変わったように、AIによって人間のどういった仕事がなくなりどういった仕事が残るのか、生き残るためにはどうすべきなのかは芸術分野に限らず考えていかなければならない時代に突入しているように思います。
話は変わって
そう言えば画風を模倣するAIに対して、文章を模倣するAIは問題視しないのかという話も見かけたのですが、
個人的には画風の模倣に対して文章や文体の模倣は作品の持つ面白さや作家性にそこまで直結しないのではないかというのが私の感想です。
文章を丸々パクるのは勿論NGなのですが、有名な作家の文体や作風を模倣したからといって必ずしもその作家と同じように面白い作品が書けるわけではないでしょうし、その文体によって生まれる「間」がAIに再現できるかと言う点も疑問です。
つまり文体を真似されたからといって元の作家の独自性を侵害するほどの脅威にはならないのではないかと考えています。
一方でイラストの場合は文体以上に画風の占める視覚的影響が大きく、
特定の作家の画風を模倣して量産した場合の脅威度はやはりイラストの方が大きいのかなと思います。
なので文体と画風の差はそのまま視覚情報としての影響の差なのではないかと。
まあ影響が小さいからといってあまりに元の文章に似ている場合はダメですけどね。
終わりに
長々と書いてみましたが、奥さんから今回の騒動について思うところをまとめよとの命があったので書いてみました。
だいたいこれで3,000文字ちょっとでしょうか。
中々時事ネタに対して思うところを書くことも少ないので苦労しましたが、せっかくブログをやっているのですから自分の感じたことを文章にするということをもう少しやっていけたらいいですね。
普段何も考えず生きているので言語化するのも何かを感じ取るのも一苦労ですが。
そんなこんなで8月最後の記事は私の思うところ的な内容になりました。
来月はもう少し本数をかけたらいいのですが、早速来週からSplatoon3が発売になるので激しい時間の取り合いになりそうです…
それでは、また。